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今すぐできるボランティア、節電

 投稿者:MV(管理人)  投稿日:2011年 3月13日(日)18時55分12秒
  地震の時職場にいましたが、電気が夜になっても回復しませんでした。
電気のありがたさをしみじみ感じました。

現在、発電所が軒並み停止しています。
このままでは被災地に電線が通っても電気は通らないことになるかもしれません。
あるいは、生活用の電気は通っても産業用の電気が不足して、被災地の復興の足かせとなるかもしれません。

節電を呼び掛けるポスターがこちらに色々投稿されています。

http://setsuden.tumblr.com/

ぜひご協力ください。
 
 

三笠は健在です。

 投稿者:MV(管理人)  投稿日:2011年 3月12日(土)22時24分9秒
  横須賀の海岸にある記念艦三笠の事務局長さんから返信がありました。

三笠は健在、被害は全くないそうです。
 

大災害

 投稿者:MV(管理人)  投稿日:2011年 3月12日(土)10時14分14秒
  当掲示板にいらっしゃったすべての方々、ご無事でしょうか?

当方は関東地方の真ん中に住んでおりますが、自宅は棚から物がいくらか落ちたぐらいで無事でした。
職場は今後の復旧作業を考えるとげんなりするほどに物が散乱してしまいましたが、人的被害はなかったので幸運な方ですね。でも、私が向こうを出る時点でまだ停電中で、住宅街に明かりが一切ないというのは不安を誘う風景だなと思いました。

どうか、一人でも多くの方が無事であれば、と思います。
 

連繋水雷攻撃

 投稿者:kurokomaメール  投稿日:2011年 3月10日(木)20時48分49秒
  MV(管理人)様。発kurokomma.
大変無知な状態が原因でご迷惑をかけて、申し訳ありません。とりあえず、メイルアドレス宛でお願いいたします。話は変って、連繋水雷攻撃9連36個投下を調べましたら、日本海海戦で10艇隊の41号(水野大尉)と39号(大金大尉)は連繋水雷を各1連投下、水雷を各1発射、9,10艇隊は一緒に、感状を授与されていました。日本の損害水雷艇3沈没中、2は敵砲火により、1は味方駆逐艦との衝突で、駆逐隊5隊の報告調査では、水雷艇とぶつかったのは、1駆隊の暁(奇襲隊で連繋水雷攻撃の主役予定)のみより、相手は暁のようです。予定していた、奇襲隊の暁も9艇隊の殿艇「はと」(合に鳥)も当夜連繋水雷は投下出来ていません。これが、この兵器の実用状況の全貌です。1次大戦の遣米枝隊の森山指揮官の丁字戦法の戦策が出てきました(浅間戦時日誌)。それ以前の海戦要務令も明示しています。
 
    (MV(管理人)) ご無事でしょうか?

水野広徳は連繋水雷を投下しつつ敵艦の前を横切ったあと連繋索の最後の端の結び目がほどけず、連繋水雷を引きずって再度敵艦の前を航過して投下しなおすという危険なことをやっていますが、その水野でさえ一番恐ろしかったのは暴風雨に見舞われて乗艇を擱座させたとき、と書いています。
暴風雨と地震の違いはあれ、自然の脅威とは本当に恐ろしいものですね。
 

自己紹介

 投稿者:kurokomaメール  投稿日:2011年 3月 5日(土)18時04分46秒
  海自OBです。海戦史、幕末日露関係史に興味があります。宜しくお願いします。  
    (MV(管理人)) 改めまして、いらっしゃいませ。

こちらこそ、よろしくお願いいたします。
 

戦影序文活字化の試み

 投稿者:kurokomaメール  投稿日:2011年 3月 5日(土)17時59分7秒
  『戦影』序文                                  011,03,05
「秋山真之直筆 水野広徳『戦影』のための序文」試し読み起こし。(不明個所は?〈〉)
予年少の頃、予の父/は、固く小説を見るを禁/じたる代りに、和漢の通/俗史のみを読むを許せ/里?(り)。故に予は好んで太/平記叉は漢楚軍談/などの如き〈もの〉〈文〉を繙(ひもと)き、未/だ学ばずして、略(ほ)ぼ和漢/の盛衰史に通じ、後/年に益したること少からざ/りしを喜ぶ。憶(おも)ふに、通/俗史の長所は、史実/の関?連を失はずして、そ/の乾燥なるものをも?、有味に/読過?せしむるにありて、浅/くとも広く世俗を益す/る点に於ては、慥(たし)かに正史/に勝る〈ところ?以?(に)〉〈ところ?以?(もって)〉〈とこ荷?(に)〉あるが如し。/戦友水野少佐、此に見/る宜?(よろし)くありてか、その惨(さん)/憺(たん)たる実歴に回想し、/その奇抜なる文才を発/揮して、面白可笑(おか)しく、日露/戦役に於(おけ)る海上の史実を/描(えが)かれ、曩(さき)に此一戦を/著(あら)はし、今叉戦影の/作成(な)る。之(こ)れを繙(ひもと)くに、過/去の事績を知悉(しつ)せる我/等すらも、尚(な)ほ、その文勢/と筆?力に誘(さそ)はれて、翫(がん)/読巻尾の到?(いた)るを忘るゝ/を覚(おぼ)ふ。予は少時の読/史を懐(おも)ひて、本著の/効益不少(すくなからざる)べきを信じ、/需(もとめ)に応じて、茲(ここ)にその所/感を記(しる)す。/大正弐年四月/秋山真之/

角川『漢和中辞典』中の「真草千字文」、「漢字から仮名へ」を参照。
秋山は助詞は平仮名とカタカナを併用し、さらに他にも当て字を使っている。
明治36年7月、前年秋山少佐から借用したジョミニイの兵術要論(英訳)を重訳した八代六郎大佐の訳書の印刷に際し、審査委員の秋山少佐は、審査文を記している。

 
    (MV(管理人)) 早速のご投稿、ありがとうございます。

既にメールでも1件いただいておりますが、読みにくいところは同じのようです。
それにしても、やはり日付は「大正弐年四月」なのですね。

参考にさせていただきます。
ありがとうございました。
 

釜山から対馬

 投稿者:永堀由美子メール  投稿日:2011年 3月 2日(水)16時55分6秒
  突然すみませんが、困っているのでお聞きしますが、下関から釜山に行き釜山からから対馬にフェリーで帰りたいのですが、ジャっパン大亜というフェリーの時刻表と運賃と予約の仕方がわからないのですが教えていただけますか?  
    (MV(管理人)) 申し訳ございません、分かりません。

私の釜山-対馬の旅行はツアーで、自分で予約したのではなかったので。

お役に立てず、申し訳ありません。
 

釈文制作ご協力のお願い

 投稿者:MV(管理人)  投稿日:2011年 2月27日(日)17時30分48秒
  先ほど、「秋山真之直筆 水野広徳著『戦影』のための序文」というページをアップしました。
http://homepage2.nifty.com/mv_storia/nitiro-seneijobun.html

この真之の手書きの文字を活字に直す作業にご協力いただける方がいらしたら、どうぞご一報ください。
よろしくお願いします。
 

ありがとうございました

 投稿者:koma  投稿日:2011年 1月31日(月)19時54分35秒
  MV(管理人)さま いろいろ教えてくださりありがとうございます。それにしてもこれだけ詳細に調べるとは、すごいですね。尊敬してしまいます。今後はどのようなことを書く予定なのでしょうか。バルチック艦隊との闘いの模様とか・・・?。楽しみにしております。  
    (MV(管理人)) いえいえいえ、ご質問がたまたま私の知っていることだっただけで。


今後ですが、1年も前から「丁字戦法」について書いては消しを延々と繰り返しています。
戸高一成氏が「日本海海戦に丁字戦法はなかった、極秘戦史を読んでみればわかる」と書いていらっしゃるので読んでみたら、「やっぱりあるじゃないか」の結論になってしまった(^_^;)ので、そのことを書こうかな~、と。
でも戸高氏の説に反論するには私はあまりにも素人で自信がなくて……。

さて、アップできるのはいつになりますか。
 

再度小池機関兵

 投稿者:土原ゆうき  投稿日:2011年 1月29日(土)17時41分10秒
  こんばんわ、土原です。
ネットで偶然小池さん関連のページを見つけまして。
もしかしたら御存知かもと思いましたが一応お知らせしますね。

「坂の上の雲」静かにたたずむ“地元の英雄”川口の小池幸三郎銅像(10/12/14)
 http://sankei.jp.msn.com/region/news/110113/stm11011303330029-n1.htm

産経新聞の地方版に載ったのではないかと思います。
やっぱり地元の英雄だったんですねえ。
知らない人の方が多いというのは御時勢でしょうが、地元の歴史や地元の方を知らずにいるには勿体なさ過ぎるように思いますね。

http://www16.ocn.ne.jp/~murakumo/

 
    (MV@管理人) ご連絡ありがとうございます。

え~と、はい。この記事は存じておりました。

>知らない人の方が多いというのは御時勢でしょうが、

私もよ~いちさんに教えてもらうまで知りませんでした(^_^;)
もっとも今でこそ同じ川口市ですが、私の住むあたりは日露戦争当時にはまだ北足立郡川口町の町域には入っていなかったので、戦前生まれの両親も知らなかったようです。

この間、お参りをしようかなとグーグルマップでみたら規模の大きい墓地だったので、これはぶっつけで行っても見つけられないと思いまして墓所であるお寺に電話したら、「そんな人のお墓がうちの寺にあるんですか」状態でした(-"-)。
ひ、ひどい……(T_T)。
「取材はお断りしておりますので」ということなので探しにも行けず。

当時既に川口町だった辺りは駅に近いだけあって新住民の方が多いので、近所に住んでいても、知っていたらむしろ驚くぐらいの比率ではないかと思います。
ちょっと悲しいです……(T_T)
 

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