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無電機につきまして

 投稿者:オロモルフ  投稿日:2011年12月26日(月)22時19分47秒
   MVさん、ご無沙汰しております。
 NHKの坂上雲は、一回と二回を見てピンと来なかったので、その後はまったく見ていなかったのですが、12回は無電機が出るというので、そこだけ見ました。
 だいぶ前に無電機の撮影用セットの写真を知人に見せてもらいましたが、その通りのものでした。
 むろん現実(開発者の木村駿吉の図面や解説)とは大きく違っていますが、まあ、テレビドラマなので現実よりも見栄えを優先させたのでしょう。
 で、ちょっと教えていただきたいのですが、最終回にも無電機は出て来たでしょうか?
 海戦が始まってからも無電機は大活躍した筈なのですが。

 
    (MV(管理人)) こちらこそ無沙汰いたしております。

返信が遅くて申し訳ありません。
月曜日~水曜日は年末の上に重要な会議があったため家に帰っても資料や会議後のレポートの作成にシャカリキで、録画を再生していても音さえ満足に聞いておらず、とても画面を見られませんでした。
何しろこの会議で在庫の薄くなってきた既刊本を重版するかしないか重版するなら何部にするか、逆に売れない本を断裁するか今しばらく様子を見るかが決まるので、いい加減なものは作れないのです。
26日~28日の睡眠時間は合計で8時間ぐらいでしたか。
私の資料だけですべてが決まるわけでは無論ありませんが、著者や読者の方々を思えば一点たりとも迂闊なことはできませんので。

それで、お問い合わせの無線機ですが、今朝確認したところ、最終回には出ていないようです。
早回しで急いで見たので見落としのある可能性はありますが。

お役に立てず申し訳ありません。
 
 

『坂の上の雲』第13回 感想こまごま + 全体まとめ

 投稿者:MV  投稿日:2011年12月26日(月)02時05分36秒
  私は海戦好きなくせに戦艦とか主砲とかのメカが苦手でちっともカッコいいと思ってない困ったヤツなので、海戦シーンの砲撃エトセトラを「迫力あるなぁ」という意味では感心してないんですが。
取り舵一杯だと艦はここまで傾くのか、とか、距離8000てことは8キロメートルということで、いくら当時最大の戦艦同士とはいえ相当小さく見えるんじゃないの?と思ってたらやっぱりすっごく小さかった、とか。
やはりヴィジュアルに示されるとよくわかりますねぇ。

でも。細かいこと言っちゃあきりがないんですが。
あれじゃ「浪高し」じゃなくて、せいぜい「浪荒し」か、ひょっとすると「浪稍荒し」じゃないの?
波浪等級「浪高し」は4~7メートル、「浪荒し」が2.5~4メートルで「浪稍荒し」は1.5~2.5メートル。。
うん。もうちょっと荒れてて欲しかった。

「丁字戦法の始まりである」とナレーションで歌ってる割には艦隊の動きがよくわからん。
このドラマが、諸般の事情により「戦争を興味深く描く」ことを避けて、人間ドラマの方に力点を置かざるを得ないのは分かってる。
にしても、ある程度の動きが分からんと、人間ドラマも描き切りようがないんじゃないかなぁ。

第二戦隊の独断専行がない。ナレーションすらもない。
駆逐隊、水雷艇隊の夜襲は、ナレーションだけはあったけど、「夜明けまで一睡もしないであろう」だけじゃなく、戦果のひとつぐらい挙げてくれても良くない?
水野を出してくれとは言わん。鈴貫が連繋水雷(真之考案の新兵器!)をシソイ・ウェリーキーに命中させているシーンを出してくれとも言わんが……あ~あ。

東郷が治療所になっているところを回っているシーンにまで真之がついて回っているけど、不自然だよね。好古兄上と比べればはるかに出番が多いんだから、無理に画面に出さなくてもいいんじゃないかな。

しかも、いきなりホトトギスのメンバーの対話が挟み込まれて流れがぶった切れるし。

ラスト近く、真之と好古兄上の会話、あの会話自体はあって良かったと思うんだけど、いきなり釣りってのは唐突感が。
お母さんの仏檀の前での方が、自然で手間もお金もかからなかったんじゃないの?

……ということで。

ドラマが完結して、全体に対する感想を述べると。
個々の映像のディテールの精緻さに満足することはあっても、日露戦争に対する興味という観点からも、純粋にドラマとしても、流れが悪くて不満の残る作品でありましたな。

事前の期待が大きすぎたというのはあるにしても、いささかならず残念でありました。


おまけ。

これは全くもってドラマの責任ではないのだが。
炎上するバルチック艦隊を見たら、震災での気仙沼の海面火災の映像がフラッシュバックして一瞬体が硬くなった。
私の場合、職場は機能不全になったが、自宅の被害は目覚まし時計ひとつであったので、それほどショックを受けているつもりはなかったのだが、意外にもまだ残っているらしい。
 

『坂の上の雲』第12回 感想こまごま

 投稿者:MV  投稿日:2011年12月26日(月)02時01分36秒
  黒溝台と奉天、無くはなかったけど短かったねぇ。もうちょっと欲しかった。

でも、少ない出番ながら好古兄上はかっこ良かったなあ。
特に、松川に向かって「こんなことはいかんのだ。こんなことは……いかんのだ」といった時の表情は良かった。
情報を得てきた部下の苦労を虚しくさせてしまった満州軍司令部への怒り、司令部に重要性を認識させられなかった自分への怒り、騎兵の存在意義が認識されていないもどかしさ、部下に対する申し訳なさ、そういうものがないまぜになっていて、しかしそれを爆発させることなく静かに訴える。
いやぁ、阿部寛に惚れそうになってしまった(笑)。
キャストが発表になったとき、「え、阿部ちゃん?……え~?」と思った自分の不明を恥じまする。

第三軍参謀の津野田是重。
参謀の身での戦闘指揮は軍律違反なのだが、あれ、不問かい。
その役者さんが割と二枚目だったので、この人、誰?と検索してみたんですが、もう俳優を引退しちゃったんですねぇ。残念。
震災で被災地となった故郷にボランティアに行って、そのまま地元のために働くことを決意し立候補、今は市議会議員さんだそうです。
そういや津野田も予備役編入後に国会議員をやってましたな。

さて後半の「敵艦見ゆ」。
封密命令と言ってるのにものすごく違和感があるんだけど、密封命令とどっちでもいいの?
この辺は平間洋一さんがチェックしているんだろうからいいんだろうなぁとは思うけど。

考証でつい笑っちゃうんですが。
エンドテロップに菊田愼典氏がまだ残ってるけど、出来上がった作品を見ると、菊田氏が著作で『坂雲』を間違っていると主張している部分がほぼ全部スルー。
これから察するに、考証スタッフに菊田氏を迎える前、番組制作側は誰もその著作を読んでなかったんじゃないですかね。
肩書だけで依頼しちゃって、後で、この人のいう事を聞いてたらドラマが成立しなくなると気がついた、と。
で、テロップに名前だけは残すからとなだめすかして、お引き取り願ったのではないかと推測してるんですが。

いや菊田氏の著作の何から何までが間違いってわけじゃないですよ。
敵前回頭の瞬間に真之が前部艦橋にいなかったってのは佐藤鉄太郎の証言が残ってます。ここは菊田氏が史実通りで、『坂雲』は史実ではない。
でもねぇ。司馬さんはそれを承知で、真之を東郷のそばにいさせたんだよね。ほぼ間違いなく。
だって、佐藤の証言が載っている同じ本の別の個所からの引用があるんだもん。

小説が、話を面白くするために史実に目をつぶったり諸説あるうちの非主流を採用したりなんてのは珍しい話じゃ無いでしょうに、そこをあげつらう姿勢がイヤなんだよね。
そのくせ自分が「これこそ真実」と書いている物に間違いがあるんじゃ、何をかいわんや、ってものでしょう。
(何しろ「間違っている」という主張のうちいくつかは、このど素人の私でさえ証拠をあげて「間違っているというのは間違っている」と断言できるからなぁ。)

ドラマから離れてしまった。
今まで、特に第2部で煩わしかった原作にない女性キャラのシーンが少なくて、この回は気持ちよく見てられましたな。

最初からこう作ってほしかった。……実に。
 

『坂の上の雲』第11回 感想こまごま

 投稿者:MV  投稿日:2011年12月12日(月)00時31分16秒
  203高地に時間かけすぎ。
かけすぎてる割に、戦闘が悲惨であり凄惨であることを強調しているだけで、戦略も戦術も分かりにくい。

でも、前回と違って、下っ端とはいえ士官であって兵士ではないにせよ、乃木保典が出てきた分だけ「兵隊が」ではなく「人間が」死んで行くんだという感じにはなったかな。

前にも書いたけど、「肉弾」って言葉はこの当時はまだないんだよ。
人間の肉体を弾丸として使用せざるを得ない最初の状況がこの旅順攻防戦なんだよ。
この言葉が既にあったとすれば、日本軍はこれと似た状況を既に経験済みということになっちゃうんだよ。
経験がなかったからこそこんな悲惨な状況になるということが予測できなかったわけでしょ?
どうしてそれが分からないかなあ。

真之の「旅順の攻略に四、五万の勇士を損するも左程大なる犠牲にあらず」(原文カタカナ)という言葉は三笠の士官室で幕僚たち(しかも格下)相手に発せられたものではありませぬ。
乃木第三軍に派遣されている岩村中佐に送った手紙の中の一節ですな。
真之は上官や同格の相手にはケンカを吹っ掛けるかのような態度をとっちゃうことのある人物だったけど、後輩相手に感情的になる人では無かったんでは?

児玉が203高地の援護射撃を指示したシーンのセリフのやり取りが一部、映画『二百三高地』のこの場面にそっくり。こういう会話があったって、誰か書き遺してるの?
ならいいんだけど、もしそうじゃないとしたら……う~~~ん。

この分じゃ、戦艦セバストーポリへの水雷艇による連夜の攻撃はスルーだよね。
水野広徳の松山中学の一年先輩(つ~ことは真之の中学の後輩でもある)にして、第十艇隊の第四十二号艇の艇長として夜襲に加わった中堀彦吉大尉が戦死したのがこの夜襲。
出征のたった半月前に結婚したばっかりだったのになぁ。

陸の回だから真之の出番が少ないのは仕方ない。でも、好古兄上もほんのちょっぴり。
しかも、次がもう「敵艦見ゆ」かあ。
予告を見る限り、黒溝台と奉天がほとんど無いんですけど。
それじゃあ、好古兄上の出番が無いじゃないか。

普通、映像化の際にストーリーを削らなきゃいけないとなったら、主人公の出てこないシーンを削るもんじゃないの?
203高地は映画が有るし秋山兄弟が直接かかわっているわけでもないんだから、黒溝台と奉天こそ見たいんだけど。
 

ありがとうございました

 投稿者:宮さんメール  投稿日:2011年12月 7日(水)10時12分55秒
  「坂の上の雲」をみていて、つい口をつく数え歌。母がお手玉しながらうたってました。
やっぱり ”いちれつらんぱん 破裂して”でした。いつつと六つがどうしてもでてこなかったのです。パソコンってすごいですね。ずっと心にかかっていましたが、すっきりです。ありがとうございました。母は昭和7年うまれ、静岡出身でしたが、もう亡くなっております。ほかにも”所はいずこ、水師営”とか ”杉野はいずこ~”とかの前後がわからない軍歌も、教えてくれました。また調べてみます。
 
    (MV(管理人)) 宮さん、いらっしゃいませ。
私の母も、お手玉をするときはこの歌です。
今でもお手玉を持つと、条件反射で「いちれつらんぱん」と始まります。

「杉野はいずこ」は、生前の父に「歌える?」と聞いたら、何十年ぶりかと言いながら、つっかえずに最後まで歌い切りました。
昭和一桁には体にしみついた歌なのでしょうね。

どうぞまたおいで下さい。
 

『坂の上の雲』第10回 感想こまごま

 投稿者:MV  投稿日:2011年12月 4日(日)20時16分37秒
編集済
  え~~~~~!!!
黄海海戦、あれだけ? あれっきゃないの? ホントに???
……それじゃあ、日本海海戦の敵前回頭が生きてこないじゃん。

と思ってたら、この回単独で見ても黄海海戦がないことで状況の切迫感が伝わってこない(泣)。
お金のかかる海戦シーンは日本海海戦だけしか作れなかったのかねぇ。

それにさ、敵が必ず突っかかってくると思い込んでて、逃げの一手に来ると予想してなかったのなら、
真之が「突っかかってくる、突っかかってくる」と「そうあって欲しい」と祈るようにつぶやくのは変だよねぇ。

切迫感が無いと言えば、初瀬、八島、吉野エトセトラの沈没のスル~も影響してるよね。
せめてナレーションだけでも入れてよ、もう。
シリーズ構成をやった人の首を絞めに行きたくなってきたゾ。

え、陸軍の軍服、最初っからカーキ色?
最初は黒でしょ? 黒だと目立って標的になりやすいから途中で変えたんでしょ?
乃木さん一人が黒で浮きまくってるし。

米倉さんが太ってなくて高橋さんが大柄なので、予想通り、やっぱりこのコンビは大山と児玉に見えない。
この俳優さんたち自身は決して嫌いじゃないんだけど、ねぇ。
(『桃太郎侍』好きだったなぁ。)

陸軍の歩兵さんたちが大勢戦死して行くのに、名前のある人物が一人もいないので悲痛さがいまいち伝わってこない。
こういう所は原作にないキャラを追加してもいいんじゃない?
第一部の花田とか、第9回の「小池がやられました~!」みたいにさぁ。

島村さんが真之を殴って投げた!
叱りつけたっつう史実はあるけど、腕力行使は違和感を覚えるなぁ。

乃木さ~~~ん、「肉弾」って言葉はまだないよ!
桜井忠温が日露戦争の翌年に書いた『肉弾』で創作した言葉なんだから!
『肉弾』の刊行に力を貸した貴方が知らないわけないでしょ~に。

と、まあ、国の存亡をかけた戦争をやってる筈なのに間の抜けた回でした。
次回はもうちょっとましだといいなぁ。

おまけ。
長岡外史のおひげがキュート。もっと伸ばしてくれるとうれし~な~。
 

坂の上の雲ミュージアムにて公開中の水野広徳あて秋山真之書簡についての考察

 投稿者:MV  投稿日:2011年 9月22日(木)05時52分6秒
編集済
  ※ 最初に投稿したのは22日朝ですが、23日朝に大幅に書き加えました。それまでにお読み下さった方がもしいらしたら、恐れ入りますが再読いただけると幸いです。

坂の上の雲ミュージアムで開催中の企画展、『バルチック艦隊と真之』で秋山真之の水野宛書簡が公開されているので、行ってきました。

公開の書簡は2通あり、一方は日本海海戦でのバルチック艦隊降伏時のネボガトフ提督の様子を書きつづったもの。
2月18日の日付があり、秋山が巡洋艦橋立から発信しているので1910年のものとの推定は妥当と思われます。
これは『秋山眞之』(1933年、秋山眞之会)に「戦史の参考資料として水野廣徳大佐に宛て、当時の委細を書き送った書簡」として掲載されている書簡であり、『秋山眞之』の立案監修を務めたのが水野であるので、この説明に疑問の余地はありません。

もう一方は、「八月十日合戦図改正愚見」と題され、黄海海戦の第二合戦の陣型図の修正意見です。
こちらは展示や図録の説明文では「1913年の可能性がある」とされています。
この書簡が所有者からミュージアムへ寄託された時の新聞記事に、「戦記小説「戦影」(14年刊)執筆の際の問い合わせへの回答とみられ」とあり、その見解を継続しているものと思われます。
しかし、私の見たところ間違いなく、1913年ではありません。

-------

根拠1
一見して、字が丁寧すぎる。
秋山真之が『戦影』のために書いた序文には訂正や書き加え等があり字の大きさも若干バラついているのに比べ、こちらにはそういったことがない。
一方、同時公開中のもう一通の書簡とは、字の丁寧さがちょうど同じぐらいである。

根拠2
書簡の日付が6月12日とある。執筆の為の問い合わせへの回答が、完成してから書かれるはずの序文(1913年4月)より後に書かれた、というのは不自然である。

根拠3
そもそも、水野の『戦影』の前文によると『戦影』の執筆自体が、明治39年、40年(1906、7年)である。無論、刊行前に手を入れてはいるのだが、同じ前文に「甚だしきものの外は削除改訂を加えざることとした」とあり、この時点で問い合わせをした可能性は低い。

根拠4
この時点で問い合わせをする可能性が低い理由はもうひとつ。
1913年6月といえば、1914年6月刊の『次の一戦』を書きあげていながら手続きの煩雑さや陰口のうるささから刊行を見送った時期(水野の自伝に「一年あまりも筐底に投げ込んで居た」とある)であり、その時期に別の作品とはいえ自らの著作のために先輩を煩わせるというのは考えにくい。

根拠5
決定的なのが、書簡の文中に「午後7時10分(C)の位置より7時42分即ち(E)の位置」とあることである。
極秘版の 『明治三十七八年海戦史』第一部 戦紀巻6 付表付図 に収録の黄海海戦の第二合戦図の記号が、まさしく午後7時10分はCで、42分がEである。
一方で、1914年に刊行された『戦影』には、その時間の陣型図はない。

以上から、この書簡は、戦史の編纂委員を務めていた時期の水野が職務として連合艦隊の先任参謀であった秋山に問い合わせた事柄に対する回答書であり、最も早くて1906年、逆に最も遅くて1910年と見るのが妥当である。

--------

2月に行ったときに指摘したデジタルライブラリーの間違い(これはケアレスミスの類ですが)も直ってなかったし、坂の上の雲ミュージアムの学芸員さんは、もうちょっと頑張ってほしいです。
 

お久しぶりです!

 投稿者:しゃけ  投稿日:2011年 7月11日(月)23時06分56秒
  大変ご無沙汰しております。いつ以来でしょうか(笑)
さて、私事ですが、私のサイトの訪問者がようやく
この度20万を越えました。そこで日頃相互リンクで
お世話になっている方々にお礼をと思い書き込みをさせて
いただきました。これからもどうぞ宜しくお願いします!

http://www5f.biglobe.ne.jp/~syake-assi/

 
    (MV(管理人)) お久しぶりです、ようこそ!
返信が遅くて申し訳ありません。
ちょっとばかり泊りがけで出かけておりまして。

アクセス20万突破おめでとうございます。
これからもよろしくお願いします。
 

暑中お見舞い申し上げます

 投稿者:MV(管理人)  投稿日:2011年 7月 8日(金)06時26分45秒
  既に6月から暑い日が続いていますが、皆様、どうぞご自愛ください。

早くも夏バテぎみであった母が、軽い熱中症をも起して入院してしまいました。
幸い軽症で、入院も短期間で済みそうですが。

節電は心がけなければなりませんが、必要な時は必要な量だけ冷房も使いましょう。
あるいは、特に暑い時間帯は、冷房の効いている施設へ出かけてしまうとか。

とにかく、無理は禁物です。
 

アメリカ第7艦隊の司令官に

 投稿者:MV(管理人)  投稿日:2011年 5月28日(土)11時05分0秒
編集済
  レディファーストされてしまいました。

昨日、毎年恒例の「日本海海戦記念式典」、ではなくて、今年は「記念艦「三笠」復元50周年記念式典」に行ってきました。

式典そのものは、祝辞で言及される内容が三笠の復元や震災に触れることが多いということを除けばいつも通りに粛々と進行。その後記念植樹があり、祝宴です。

その祝宴が、今年は記念の年ということで三笠の甲板でなく、近くのホテルでの開催でした。
会場が5階なので、エレベーターの前で、既にいらしていた方に続いて待ってたら、お先にどうぞ、と促してくれちゃったわけです。

で、降りてから、一緒にいたよ~いちさんに、第7艦隊の司令官でしたよ、と。
先の式典で祝辞を述べられていたのですが、私は目が悪い上に席が後ろの方だったので、顔がよく見えてなかった(^_^;)。
帰宅してからネットで写真を検索して、「うわ~、ホントだよ」。

普段の私は「女だから」という理由で特別扱いされるのも後回しにされるのも嫌いなんですが、司令官の仕草が自然でスマートだったので、つい従っちゃいました。

海軍士官は海外では親善使節の役割も果たすので、マナーやエチケットについても学ぶというのをどこかで読みましたが、なるほど、そうなんですね。
 

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