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明治三十三年上答戦策関与者

 投稿者:kurokoma  投稿日:2016年 4月20日(水)22時30分16秒
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  応答して下さって安心しました。迷惑メイル、困ったものですね。今、拳匪の乱の頃を調べていますが、島田謹二先生も『征清海戦史』を使っておられました。先生が直接見られたのか、支援された志摩氏経由で見られたのか興味深いです。明治三十三年十月、秋山常備艦隊参謀が着任した司令部は、常備艦隊本隊ではなく、有馬司令官の支隊の方であったことが、島田先生の『ロシヤ戦争前夜の秋山真之』で確認できました。あやふく大失敗をする所でした。この本は、島田先生が丸善の宣伝誌『学鐙』に「秋山真之の抱負」と題して連載していたもので、防大教官時代毎号の記事をコピーした覚えがあります。これより、この時の特命検閲で上答した戦策(日露開戦直前の戦策のたたき台)の策定に関与したのは財部の方で、秋山ではないらしいことが判明しました。
 
    (MV(管理人)) 御心配をおかけして申し訳ございません。

財部でしたか。なるほど。
丁字戦法などの派手に伝えられてきた部分の戦術は海戦のずっと前から海軍全体で仕上げてきたもので、秋山の色が強いのは、海戦前に戦術が完成していなかった小艦艇による襲撃の方、すなわち連繋水雷その他の水雷だと思っていますが、どうでしょうか。
 
 
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