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今年3月、福岡勤労者山岳会の名誉会長である小柳さんが亡くなった、彼は吉永より3歳年長で、私が雑餉隈に転勤になった時、彼の勤務先である南福岡郵便局より、毎週のように労山の勧誘に来てくれた、それから30年余り、途中、病により山を去ったが、彼の労山における貢献は大きく名誉会長として労山史に名を留めた。
訃報聞く春まだ浅き山肌に咲き初めしてふマンサクの花
病得て山より去りし君なれど今日聞く訃報深き喪失
山肌に面影を見んマンサクの花
友逝し目刺の苦味酒を汲む 岳流
涌蓋山山頂は晴天で、彼の人柄のように穏やかな日和りだった。前夜、小国の林邸で蛍鑑賞会が催うされ久し振りに山の歌など聞く事が出来た、メンバーも新しい人が増えて久し振りの参加に小柳さんに申し訳ないような気持ちだった。いつの日か彼の傍に眠る事が出来るように会のために何らかの貢献をしなければと思った。
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